大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋地方裁判所 昭和54年(ワ)3248号 判決 1982年2月22日

原告

株式会社第三書館

右代表者

北川明

原告

株式会社新泉社

右代表者

小汀良久

右両名訴訟代理人

丸井英弘

栗山れい子

被告

株式会社中部読売新聞社

右代表者

竹井博友

右訴訟代理人

島田芙樹

主文

一  被告は、原告各自に対し、それぞれ金一〇〇万円及びこれに対する昭和五四年一〇月五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを三分し、その二を被告の負担とし、その余を原告らの負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

一原告第三書館が書籍、新聞、雑誌等の企画、編集、出版及び販売等を主たる業務とする会社であつて、本書を発行していること、原告新泉社が出版を業務とする会社であつて、本書の発売者であること、被告は、日刊紙「中部読売新聞」の発行を主たる業務とする会社であること、「中部読売新聞」は約二五〇万部の発行部数があり、同紙は社会に多大な影響を与えていることはいずれも当事者間に争いがない。

二<証拠>を総合すれば、本書は、いわゆる暴走族と呼ばれる青少年(以下、単に「暴走族」という。)一〇〇人の発言を収録した書物であること、本書の編集目的は、暴走族の実態をありのまま記録し、一つの問題提起をしようとしたものであること、本書は、昭和五四年六月一日に初版が発行されているが、同年七月四日には社団法人日本図書館協会から選定図書に選ばれていること、また、本書は、朝日新聞(同年五月二八日朝刊)などの新聞、雑誌等の書評・記事において、右編集目的に沿つた好意的な評価を受けていることがそれぞれ認められる。

三1 被告が、昭和五四年一〇月五日付「中部読売新聞」朝刊二三面に七段抜きで、「暴走族にとんだ“教本”」等の見出しを付けて、別紙(二)記載の新聞記事(すなわち、本件記事)を掲載して報道したこと、右記事は同年九月二三日未明に愛知県蒲郡市内で発生した暴走族による警察官襲撃事件について報道した記事であること、右記事中には本書の一部が引用されていること、右引用部分に対応する本書の記載は別紙(三)記載のとおりであること、また、本件記事には、「暴走族の“教本”になつていた『暴走族一〇〇人の疾走』」との説明付きで本書の写真が添付掲載されていたことはいずれも当事者間に争いがない。

2 原告らは、本件記事は、本書の引用部分においてその内容を歪曲して引用し、本書を暴走族に対して警察官への襲撃を教唆する書物であるとした報道であると主張するので検討する。

(一)  本件記事中の本書からの引用部分(別紙(二)記載中、六段め「お巡りに」から「突つ込むんだ」までの部分。以下、単に「引用部分」という。)と本書中のこれに対応する記載部分(別紙(三)記載のとおり。以下、単に「本書記載部分」という。)とを比較検討すると、その前半部分については、本書記載部分は「検問なんかの場合さ、おまわりが止まれつて合図するでしよ。そうしたら、ウインカーだして、ライト消してね、ま、いちおうマジに止まるふりするんだ。おまわりさんに手ふつたりしてね。アイキョウよくするわけ。そこで、おまわり、ちよつと気抜くわけ。」というものであるのに対し、引用部分は「お巡りに止められたら、いちおうウインカーを出してライトを消し、止まるふりをするんだ。そこで、お巡りの気を抜くわけ。」とあり、かなり変容して引用していることが認められるが、しかしながら、その文意としてほぼ同一であると解せられる。

その後半部分については、本書記載部分では「いきなりバーッてふかして突つ込むんだ。」との文が引用部分では「いきなりバックして突つ込むんだ。」と誤つて引用されているとともに、本書記載部分では、その後に「車のナンバーなんて、絶対見えつこないもん、それでおさらばよ。」と続くのであるが、引用部分ではこの部分を切除していることが認められる。そして、右差違について考察するに、「バーッてふかして」と「バックして」との誤りは文意にそれほどの違いをもたらすものとは解し難いが、「車のナンバーなんて、絶対見えつこないもん、それでおさらばよ。」とある部分の切除は、文意にかなりの差異をもたらすものと言わざるを得ない。すなわち、本書記載部分においては、右切除された部分と一体となることにより、本書記載部分が全体として、警察官の不意を突いて逃走する趣旨になるのに対し、本件記事の引用部分においては、その後に「という記述通りに実行して検問を突破、逃げ遅れた後藤警部に襲いかかつたという。」との文章が続くことにより、本書記載部分が、警察官襲撃の一方法を記述したものであるかの如く読まれうる文章となつている。しかしながら、本書記載部分は別紙(三)記載の通りであつて、警察官を襲撃することに関する記載を含むものとは言い難い。

したがつて、前記部分を切除した引用は、重大な誤りがあると言わざるを得ない。

(二)  次に、<証拠>によれば、本件記事には、「暴走族にとんだ“教本”」「襲撃前に回し読み」との大見出し、「記述通り検問突破」との中見出しがつけられており、「三河の六人逮捕」という小見出しが右中見出しに冠書されていることが認められる。

(三) 本書の内容、編集目的、社会的評価は前記二項に認定するとおりであつたところ、前記本件記事の内容、添付写真に加え、右見出しについて検討すると、「暴走族にとんだ“教本”」「襲撃前に回し読み」という大見出し(新聞記事に対する一般読者の興味の置き方、記事の読み方は、通常、まず見出しに集中すると考えられる)、「本書中『検問突破法』を回し読みしてヒントを得て、角材、丸太、空きびんなどをあらかじめ用意した。」との記述、本書を引用した部分に続いての「という記述通りに実行して検問を突破、逃げ遅れた後藤警部に襲いかかつたという。」との記述((一)で認定した引用の誤りの部分)、及び「暴走族の“教本”になつていた『暴走族一〇〇人の疾走』」との説明が付けられた本書の写真の掲載からするならば、本件記事は、これを読んだ一般読者及びこれらの者から本件記事について伝聞した者に対し、本書が、暴走族に対し警察官襲撃の方法を示唆する記述を有しているかのような印象を抱かせるものであつて、前記引用の誤りと相俟つて、本書の編集目的及び内容を誤つて認識させ、かつ、本書に対する社会的評価を低下させるものであると認めざるをえない。

四1 <証拠>を総合すれば、次の事実が認められる。

昭和五四年一〇月四日午後五時すぎころから同七時ころにかけて、愛知県豊橋警察署(以下、単に「豊橋署」という。)内において、同年九月二三日未明に発生した暴走族による警察官襲撃事件の被疑者六名の逮捕があつたとして、同事件合同捜査本部(豊橋署に置かれていた。)の本部発表という形で、同本部員らによる合同記者会見が行なわれたこと、その席で、広報担当の吉見交通二課長が、事件の内容、捜査経過を説明したのに続けて、「今回の事件は、三河湾周辺の暴走族三グループが、前もつて「検問を突破する法」等市販されている本を回し読みして参考にしたうえ、計画的に襲撃することを企て、角材、丸太等を準備して敢行されたものと思料される」との趣旨の同捜査本部の右時点での見解を発表し、押収してあつた本書を各社記者に回覧したこと、被告豊橋支局社会部記者である訴外水田明は、被告及び訴外株式会社読売新聞社を代表して右本部発表を取材し、回覧された本書から、前記記載部分(別紙(三))をほぼ正確に抜き書きしたこと、本部発表後、水田記者は、電話で本件記事を被告本社取材担当のデスクに送稿したこと、その際、右取材担当デスクと右水田記者との間において、本書記載部分を引用した箇所について、「いきなりバーッてふかして」とあるのを「いきなりバックして」とした聴取りミスが生じたこと、また、水田記者は、本件記事を作成するに際し、本書記載部分を引用したのであるが、抜き書きどおり正確に引用せず、本件記事中の引用部分のように引用したこと、そして、被告整理部整理課の担当者が送られてきた本件記事に見出しをつけたこと、右本部発表を取材した各新聞の前記警察官襲撃事件の被疑者逮捕についての記事の中で、本書に言及したものは「中部売売新聞」の他には「朝日新聞」のみであつたこと、右「朝日新聞」の記事の本書について記載は、最後の部分で「逮捕した六人は本書の「検問突破法」を読んでおり、『検問突破法を読んであれを参考にしてやつた』と言つている」という程度にとどまつていたこと、以上の事実が認められる。

判旨2 右認定事実からすれば、被告豊橋支局社会部水田記者は、右取材時に本書記載部分閲読の機会を与えられており、その結果その内容をほぼ正確に抜き書きしていたのであるから、その内容を新聞記事に引用する場合には、正確に、少なくとも文意が異なることのないように引用すべきであり、また、本書記載部分には、警察官に対する襲撃方法を記載した部分はないことが認識しえたのであるから、そのような印象を与えることのないように新聞記事を作成すべきであるのに、本件記事を作成するに際し、前示の捜査本部発表の見解を鵜飲みにしたうえ軽率にも(捜査本部発表は、粉らわしい表現ではあるが、前記認定のように「本書を回し読みして参考にしたうえ、計画的に警察官襲撃を企てた」という趣旨にとどまり、「本書の記述通り襲撃が実行された」あるいは「本書には警察官襲撃の方法が記載してあり、暴走族のいわゆる『教本』とみられる」という趣旨のものではない。)、本書記載部分を引用しておきながらその一部を引用せず、その結果、文章を誤らしめ、また、本件記事において、本書が暴走族による警察官襲撃の方法を記載しているかのような印象を一般読者に与える記事を作成し送稿した点に記事作成上の過失がある。また、被告の整理部整理課の担当者には、右水田記者の作成した本件記事につき、充分その内容を確かめることのないまま、本書について誤ちた印象を与える本件記事を更に強調し印象づける見出しをつけて本件記事を掲載した点に、編集上の過失がある。

なお、本件全証拠を検討しても、右両名に故意があつたものと認めるに足りる証拠はない。

五右二、三、四によると、被告の被用者である前記水田記者及び整理部整理課担当者は被告の業務の執行に際し、右四の過失ある取材行為及び編集行為によつて、本件記事を続んだ者あるいはこれらの者から本件記事について伝聞した者に対し本書の編集目的及び内容を誤つて認識させ、本書の社会的評価を低下せしめたものであると認められ、これにより本書の発行者である原告第三書館及び本書の発売者である原告新泉社は社会的信用を低下させられ、その各誉を傷つけられたものであることが認められ、これにより原告らが蒙つた損害につき、使用者としてその賠償の責を負うべきである。

六<証拠>によれば、本件記事掲載後、原告らからの善処を求める申入れに対し、被告が応じなかつたこと、本件記事掲載後、本件記事の影響を受けたと思われる脅迫状めいた葉書が原告新泉社に送付されてきたこと、本件記事掲載後、本書の売行きが落ちたとうかがわれる節のあることが認められる。他方、四項で認定した事実によれば、警察官襲撃事件の被疑者らが、本書を回し続みし、本書記載部分を参考にして、犯行の一部(検問突破)をしたと供述していたことを推認することができ、右認定を動かすに足りる証拠はない。

右認定の事実に加え、被告発行の「中部読売新聞」が約二五〇万部の発行部数があり、社会に多大な影響力を有していること等当事者間に争いのない事実、本書が本件報道までの間、編集目的に沿つた好意的評価を多く受けてきたこと等当裁判所が証拠によつて認定した事実などの諸事情を勘案すれば、原告らが被告の不法行為によつて蒙つた社会的信用ないし名誉の毀損に対する賠償額は、各自金一〇〇万円が相当と認められる。

なお、原告らは、損害賠償の請求にあわせて、謝罪広告の掲載を求めているが、前記諸般の事情を総合すれば、原告らに対する名誉回復の措置としては、右各自に対する金一〇〇万円の支払をもつて足り、それに付加してなお謝罪広告の掲載を命ずるまでの必要はないものというべきである。

七よつて、原告らの本訴請求は、被告に対して、原告各自に対する金一〇〇万円とこれに対する本件不法行為の日である昭和五四年一〇月五日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるから右限度でこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(吉田宏 伊藤保信 藤田敏)

別紙(一)<省略>

別紙(二)

蒲郡市内で先月二十三日未明起きた暴走族の警察官、パトカー襲撃事件を捜査している愛知県警の「暴走族による集団暴力事件合同捜査本部」は四日、少年四人を含む六人を暴力行為、傷害、公務執行妨害の疑いで逮捕し、襲撃に使われたブロック、空きびんなど多数を押収した。これで同事件の逮捕者は十一人となつたが、調べの結果、警察官襲撃は、暴走族の実態を紹介した単行本からヒントを得た計画的な犯行であることがわかつた。

逮捕されたのは、蒲郡市三谷町七舗、運転手杉本清美(二三)、同市平田町西長根、同西浦富弘(二二)、同市、学生(一九)、愛知県幡豆郡一色町、会社員(一七)、碧南市、家事手伝い(一八)、同市内、店員(一八)。

調べによると、六人は、九月二十三日午前一時二十分ごろ、約百人の仲間と乗用車四十台、オートバイ三十台に分乗して蒲郡市大塚町の国道二三号線を暴走、検問に当たつていた蒲郡署員九人に角材、ブロックを持つて襲いかかり、同署交通指導課長、後藤勝二警部(三九)に二か月の重傷を負わせた。さらに豊橋市内でパトカー一台を襲い、フロントガラスを壊した。

この事件を起こしたのは、蒲郡市内の暴走グループ「黒麗蝶」、碧南市内の「魔蝶」、一色町内の「スネークエンゼル」の三グループ

逮捕者の自供によると、ふだんから警察に反感を持ち、さる九月八日に名古屋市内で警察官が別の暴走族に襲われたことに刺激されて、「警察を襲撃して、グループの名を世間に広めよう」と、三つのグループのリーダーが集まつて事件の一週間前に襲撃を計画。「第三書館」(東京都新宿区大久保)から発行されている単行本「暴走族一〇〇人の疾走」の中で扱われている暴走族の体験記「検問突破法」を回し読みしてヒントを得て、角材、丸太、空きびんなどをあらかじめ用意した。

グループは襲撃に当たつて、「検問突破法」の「お巡りに止められたら、いちおうウインカーを出してライトを消し、止まるふりをするんだ。そこで、お巡りの気を抜くわけ。そのタイミングね。いきなりバックして突つ込むんだ」という記述通りに実行して検問を突破、送げ遅れた後藤警部に襲いかかつたという。

さらに襲撃されて、ぐつたりした後藤警部に対し、一味が「まだ生きているぞ。殺してしまえ」と叫び、ブロックなどで同警部の背部を殴つている点を同本部では重視、この犯行に加わつた既逮捕者を含む七人に殺人未遂罪を適用することを検討している。

別紙(三)

検問なんかの場合さ、おまわりが止まれつて合図するでしよ。そうしたら、ウインカーだして、ライト消してね、ま、いちおうマジに止まるふりするんだ。おまわりさんに手ふつたりしてね。アイキョウヨクするわけ。そこで、おまわり、ちよつと気抜くわけ。

そのタイミングね。いきなりバーッてふかして突つ込むんだ。車のナンバーなんて、絶対見えつこないもん、それでおさらばよ。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例